豊田哲也

研究できることそれこそが私の喜びです
長寿医学研究所副所長
とよだ・てつや

豊田哲也

今回は、福祉村長寿医学研究所副所長の豊田哲也先生にお話を伺いました。豊田先生は福祉村病院に入院している患者さんたちを診る一方で、B型肝炎の治療に貢献するウイルス学の研究を続けておられます。世界でも豊田先生だけがうまくいっているという貴重な研究についてのお話と、さわらびグループが実施している感染症予防等のリスク管理について教えていただきました。

福祉村病院にこられた経緯を教えてください。

私は元来、研究に興味があり、これまでずっと生化学やウイルス学といった基礎研究を続けてきました。福祉村病院に入職する前は中国にいたんですよ。中国科学院上海パスツール研究所というところで、主任研究員・教授として、やはり研究に従事していました。ところが、5年ほど経ったころ両親の健康状態が悪くなりまして、それを機に帰国しました。日本国内で研究できる場所を探していたところ、かねてからご縁があった福祉村病院院長の小橋修先生や神経内科の高橋先生から、福祉村病院の長寿医学研究所にお誘いいただいたのです。

福祉村病院は公的病院ではありません。山本理事長先生は開業医でありながら、文部科学省・厚生労働省の科学研究プロジェクトの公的研究費を獲得できる研究所を造られました。実はこれ、非常に珍しいことなのです。そのような希有なところで研究の場を得られたのはとても幸運でした。

「ウエスタン・ブロッティング」と呼ばれる、抗体を用いて特定のタンパク質を検出する作業をされている豊田先生。

ウイルス研究を始められたきっかけは?

1993年にノーベル生理学・医学賞を受賞した、フィリップ・シャープという分子生物学者がいます。学生時代に彼のスプライシングの話を聞いたときに、分子生物学って面白そうだなと思ったんです。ちなみに、DNAから写し取った遺伝情報から不要部分を取り除く作業のことをスプライシングといいます。

ただ、私が通っていた名古屋大学には当時、分子生物学の教室がありませんでした。そこで、分子生物学に近い研究ができそうだということで、ウイルス学の教室に入ったんです。これがウイルス研究と出合ったきっかけです。

ウイルス学研究のやりがい、ですか? ウイルス学に限らないと思いますが、何といっても、新しい発見ができることでしょうね。新しい発見ができたときの喜びは何物にも代えがたい。研究って「オタク」の世界なんです。

未知の世界が開けてくることに面白みを感じる。研究者とは、そういう人種なんです。有名になりたいとか、儲けたいと思って研究を続ける人もいるでしょうけれども、そういう動機だけではつとまらないのではないでしょうか。

福祉村病院の“強み”は何だと思いますか?

福祉村病院がほかの施設より特に素晴らしいと思うのは、リスク管理です。インフルエンザシーズンになると、「○○の施設でインフルエンザが流行してお年寄りが△△人亡くなりました」といったニュースを聞きますよね。このような事故の原因は非常にシンプルで、要は、経営側がお金を惜しんだということなのです。

どういうことかというと、ある高齢者向けの施設で、誰かがインフルエンザにかかったとしましょう。その施設に徘徊する人がいたら、インフルエンザは瞬く間に広がります。60人の患者さんがいれば、間違いなく60人に感染するでしょう。

この際、早い段階でインフルエンザの検査をして、発症者だけでなくほかの患者さんにも、さらには職員にも薬を投与すれば、大事にはまず至りません。けれど、その費用は赤字計上となるため、つい後手に回ってしまう。

福祉村病院は違います。インフルエンザの診断キットは最も感度が高い優れた製品を採用し、病棟でインフルエンザが発症すれば、職員を含む病棟内のすべての人にタミフルを処方します。

このような対応が、さわらびグループのすべての施設で認められているんです。私が知る限り、ここではインフルエンザで人が亡くなるといった事故は起きていません。リスク管理にしっかりとお金をかけ、対策を講じているおかげです。

福祉村でのお仕事と研究について教えてください。

私の仕事は大きく分けてふたつあります。ひとつは、医療病棟での診療です。体を動かすのが困難で、中心静脈栄養(IVH)*注 を受けている患者さんたちを主に担当させていただいています。
*注:口から食事をとれなくなった方に対する栄養投与法。点滴から高カロリーの栄養を血管に注入する。

人工栄養を受けながら生きることが、果たして幸せなのかどうか。そんな疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれません。けれど、それを望むご家族もいらっしゃいます。私としては、ご家族が望む限りは診させていただきたいと考えています。

ふたつめは研究です。私は現在、国立感染研究所の脇田隆字所長が率いる研究グループの一員として、B型肝炎の治療薬の研究に携わっています。具体的に説明しますと、B型肝炎ウイルスの増殖には、ポリメラーゼという酵素が関わっています。B型肝炎ウイルスポリメラーゼは私がずっと研究してきた酵素で、実は、この研究をうまく進められているのは、いまのところ世界中で私だけなのです。そこで、B型肝炎の治療薬の中でも特に、ポリメラーゼを阻害する薬の開発を担当しています。

手前にあるのは、ウイルス粒子内のポリメラーゼ(酵素)の働きをスキャンする「イメージアナライザー」という装置。
豊田哲也(とよだ・てつや)1958年2月2日生まれ。愛知県豊川市出身。元・中国科学院上海パスツール研究所研究員・教授、日本ウイルス学会評議員。ウイルス学の研究者としてウイルスRNAポリメラーゼ、B型肝炎逆転写酵素について研究している。休日の過ごし方を聞くと「休日ですから、研究室にこもって好きな研究をしています」と笑う、根っからの研究者。
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